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Gooのジャニーズ系の演技力についてのランキングが各所で大騒ぎになった。
「キムタクはどの役をやってもキムタクしか見えない」という言論は決まり文句のようにあちこち見た。 ここで自分のブログで、その下手な日本語で反論したいと思います。 キムタクマニアとして、意識過剰の場合もあり、申し訳もなく、非難されても無視とします。 (本当に怒られてるから、真剣に真夜中に寝ずに書いてる) 20世紀に演技の三大流派 ・ experimentalism ロシアのコンスタンティン・スタニスラフスキーが提唱した演技理論。役者と役の統一を目指し、自然に舞台で表現する。「スタニスラフスキー・システム」とも呼ばれ、忠実に従った役者の代表はマーロン・ブランド、ジェームズ・ディーン、そのほか。 ・ Expressional School ドイツのベルトルト・ブレヒトが提唱した演技理論。experimentalismの反対面。役者に「二人の自分」を要求し、自分と異なる行為を舞台に表現する。 ・ 伝統芸能の格式化演技 代表人物:梅蘭芳 experimentalismは西側にとって、よく知らないことでもない。50年代のHollywoodには「Actors Studio」という事務所があり、マーロン・ブランドをはじめ、たくさんのスターがそこを通してた。かれらが提唱した演技は「MethodActing」といい、そこに働いてた教授はリー・ストラスバーグという役者がいって、彼はexperimentalismの一大集成とも言われてる。かれの演技論のコアーとしては二つ、improvisation(アドリブ)とaffectivememory(心理学用語:過去の経験によって課題と何らかのポジティブ・ネガティブの感情が連合したもの)。Actors Studioはいまだに存在してるんで、会員費はなく、二つ階段の演技試験を受け、終身資格を持つ。 では演技というのはなんのことか?どういう標準で批判できるのか? あるブログの摘録
どっちでもいいけど。すべてはExpressional Schoolの「二人の自分」という理論の上で生まれた選択肢だと思う。 experimentalismというのはきわめて簡単でわかりやすくいいと、「体験」という! つまり「舞台に、役が生活してる環境の中に、役者が役と同じ思いで正しく、ロジック的に、テンポあり、まるで生きてる人間のように考えたり、希望したり、願いしたり、動く」、「意識ありで心理暗示を自分にして潜在意識で行動をとる」。(勝手な翻訳ですが) あるブログを対応して、三つのexperimentalism式の演技の基準を作ってあげましょう ・ 役者が役のように自然に思考し行動すること。 ・ 役者がひとつの役を通じてさまざまな思いを伝えること。 ・ 役者がたくさんの役を通してさまざまな役を観衆に印象を与えること。つまり存在感。 でもexperimentalismはも役が決して役者の自分ではない。ただ役者の自分のすべてを役と統一する。このアプロッチが人によって違ってる。 拓哉はexperimentalism(体験派)の論理に従ってることではなく、幼いごろから体験派のやり方を体験してきて、もうすでに完成状態になると思います。 拓哉は自分でうまく経験ややり方などを総括するタイプではない。でも昔からの言論にexperimentalism派のやり方を反映してるわけ。 たとえば、「織田信長」のと時に役になるため「歯を磨かないだろう」と思って、自分も歯を磨かないまで考えた。(結局、相手役の役者さんに対して失礼で断念。) 「武士の一分」の時、盲目役を演じきて、帰り道の高速道路にいきなり見えなくなり、すごく怖い体験談した。 「2046」の時のSmaStation生には「芝居という単語本体はあんまりすきじゃない。」 「華麗なる一族」から演技の方について、さまざまなインタビューに話してくれた。纏めたら、 ・大体台本を現場に持ってこない。 ・相手役のセリフまで覚えてる。 ・楽屋を使わない、ほぼ前室でスタッフと一緒に役"オン"状態。 ・セットやロケに出るまで、セリフの稽古に発声しない。役が現場に入ると初めて生きてるんだから。 ・要は役がどう思ってるのか、そのため極細かいところに拘って監督やスタッフと相談。 拓哉の演技論といえば、いまだに論理的にシステムに表現できないのは確かに、彼が自分で話すのは下手。でも、ついに「開放区」のエッセイVol.161 Emotionは自分の演技のやり方や自分がものつくり(役作り)になにか拘るのかって十分にはっかり判明したといえるでしょう。 日本語原文と中国語翻訳はこちらへ Vol.161 Emotion これを呼んだら、ほぼわかくなると思う。なぜキムタクドラマはワンパタンでしょうか。なぜ同じって感覚がでるでしょうか。それは彼が拘ってることです。というより、それは彼の演技実現のアプロッチです。 もちろん、ランキング本体に対して、不満や自己意見なんて、私がかまわない。 でも言いたいのは: ・ 木村拓哉という俳優はかなりプロ意識をしています。どれぐらい彼の演技が嫌いでも、最低限度役者として(プロとして)彼なりの方法や考え方を尊重してください。 ・ 木村拓哉という俳優は自分なりの演技論があり、好きでも嫌いでも、ひとつの存在として認識してください。 ・ 木村拓哉という俳優は自分の意識どおりに演技の実験をしているので、彼の真剣さと努力を正視してください。 ・ 体験派の演技方法をしっかり覚えてください。 その上に、拓哉の演技についての議論はなんでもかまわないんです。 軽くて「キムタクはどの役を演じてもキムタクしかみえなぇ」とかさ、彼の役者としてのプライドが侮辱されています。
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wikiを拝見させていただきました。
すこぅしだけ中国語に縁があるので、何かあったら参加させていただきますね。
それにしても、日本ではできないことを海外の方がされているのを見るにつけ、羨ましいとともに努力に感服します。
CHANGEの感想も、もしもお時間があったら是非宜しくお願いしますね(^^)
また、お邪魔させていただきます。
では、失礼します。